中国の「人民元デジタル通貨」計画、背景にリブラへの警戒感も

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 中国の中央銀行が、年内にも人民元デジタル通貨を発行する計画だ。中国人民銀行(中央銀行)は8月2日、2019年下半期の活動に関する電話会議において、法定デジタル通貨に関する研究開発の速度を加速させると発表。中国人民銀行支付結算司の穆長春副司長は8月10日、国内の金融フォーラムで、“中央銀行デジタル通貨の研究は既に5年に及ぶ。発行はすぐに現実のものとなるだろう”などと発言している。

 大きな流れとしては、フェイスブックが6月に仮想通貨“リブラ”を発行すると発表したことも影響しているのだろう。世界中の金融機関、中央銀行が大きな衝撃を受け、強い警戒感を示したが、今回の件も同様だ。

 中国の中央銀行が世界の中央銀行に先駆け、デジタル通貨を発行し、流通させる。スマホをかざすだけで、何でも買えてしまうキャッシュレス決済の便利さは言うまでもない。中国で暮らしてみればよくわかるが、それは革命的な便利さである。しかも、今回のデジタル通貨計画は、電子マネーと違い、銀行口座を必要とせず、インターネットの接続がなくても使える設計となっており、その競争力は計り知れない。

 中国本土エコノミストの中からは、リブラと同様の形式を採り、1デジタル通貨=1人民元のまま、ドル(あるいはSDR=IMFの特別引出権)と紐づけする方法を検討すべきであるといった意見も出ている。もしそれが実現すれば、海外、特に「一帯一路」周辺の小国などは、一瞬にして拡散する可能性が高い。

 デジタル通貨の流出入を制限するためには、外国政府はインターネットを遮断しなければならないが、そんなことは今更できないだろう。自由人が、勝手にデジタル通貨で支払ったり、受け取ったりすることを、外国政府が法律で禁止したり、実際に強制力を以て排除するのは難しい。

 世界の主要な金融決済がドルから人民元へと劇的に変わってしまう可能性すらある。

 とはいえ、中国においても、中央銀行が通貨をすべてデジタル化することは、現状の技術水準では、到底不可能であると言わざるを得ない。

 穆氏によれば、「現段階のデジタル通貨は設計上、M0(紙幣、硬貨など)を代替することに重点を置いており、M1(現金通貨+預金通貨)、M2(M1+準通貨)の代替ではない」と強調している。M0の取引に限定すれば、その取引量は全体から見れば少量であるが、それでさえ、すべてをデジタル通貨に置き換え、ブロックチェーンで記録し、その動きを国家が直接把握するということは不可能であろう。

 従って、デジタル通貨はまず、一部の紙幣、硬貨の代替としてスタートさせ、その取引をどこまでも記録するようなことはしない。また、中央銀行は発行だけを行い、それを指定する金融機関に提供する。消費者に流通させるのは金融機関の役割であり、そこについては中央銀行は触れないといった二元システムとなるようだ。

 現段階では未定であるが、市場では、4大商業銀行(中国工商銀行、中国農業銀行、中国銀行、中国建設銀行)、アリババ、テンセント、中国銀聯(China UnionPay)の7金融機関(アリババ、テンセントは出資の形で銀行業務に参加している)が選ばれるとみられている。もしそうなれば、デジタル通貨の発行は、アリババの支付宝、テンセントの微信支付といった電子マネー、中国銀聯のクレジットカード業務には、ほとんど影響がないばかりか、彼らが使い勝手の良いデジタル通貨を積極的に利用することで、事業拡大を強化できるかもしれない。

 消費者にとっては、民間企業であれば倒産リスク、すなわち、持っている電子マネーの価値がゼロになるリスクもあるが、中央銀行の通貨であれば、そんな心配はなくなる。

 中国人民銀行は紙幣・硬貨発行のコストを引き下げ、偽造されるリスクを極端に小さくし、マネーサプライの管理を強化できる。また、銀行では、現金の輸送、保管に関する費用、ATMにかかる費用や投資を抑え、行員や支店の数を減らすことができる。銀行システム全体をレベルアップし、IT化を進めることができる。

 流通段階では、ウォレット(デジタル通貨を出し入れする際に財布の役割を果たすアプリ)など決済に関するサービスが充実したり、暗号化、認証などのセキュリティー関連の需要が伸びたりしそうだ。そうしたセクターは、投資家からの関心も高まるであろう。

 もっとも、中国がデジタル通貨を発行するのは、リブラの脅威に対抗するといった点にも大きな理由があるだろう。

 リブラは現段階では、各国の中央銀行から強い警戒感を持たれているが、リブラがドルを主要な裏付け資産とする以上、リブラの普及はドルの信認強化に繋がる。

 フェイスブックの会員数(Monthly active users)は2019年6月末時点で24億1000万人に及ぶ。リブラの発行管理については、フェイスブックのほか27社が会員となるリブラ協会が行うが、会員の中には、VISA、マスターカード、ペイパルなどの決済業務を行う企業が含まれている。リブラが発行されれば、彼らの協力を得て、世界規模でいろいろな取引の決済通貨として、短期間で広く使われるようになるだろう。

 中国人にリブラの利用を禁止することができるだろうか。現在、フェイスブックの利用は禁止されているが、海外のVPN(仮想プライベートネットワーク)を使えば、簡単に利用できてしまうといった現実がある。

 中国人民銀行は、借名取引、マネーロンダリングをはじめ、違法な取引による資金流出に苦しめられているが、リブラの普及はその取り締まりを壊滅的に無効にさせてしまう可能性が高い。中国人民銀行にとって、デジタル通貨の発行は、そうした違法取引の取り締まりを強化するとともに、中国へのリブラ進出に対抗するために、不可欠なのである。

 国家といえども、技術進歩を食い止めることはできない。リブラの発行は日本にとっても影響が大きいが、それに、人民元デジタル通貨の発行が加わることになる。日本においても、デジタル通貨の発行が不可欠となるかもしれない。

マネーポストWEBより転用

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