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人口約132万人の小国・エストニアは、「行政手続きの99%が電子化された電子政府」や「Skypeに端を発するスタートアップエコシステム」といったIT大国、スタートアップ大国として注目を集めており、事業拠点を設ける企業が増えてきているという。本連載では、エストニアで日本企業の法人設立や事業運営を支援しているSetGo Co-Founderの齋藤アレックス剛太氏が、なぜ今世界中の企業がエストニアに進出するのか、そのメリット、現地の法制度、ユースケースなどを現地視点で解説する。
アマゾン、丸紅がエストニアへ進出
エストニアの市場規模は小さい。人口は約132万人で、日本の1/100、青森県の人口よりやや多く、沖縄県の人口よりやや少ない程度の市場規模だ。通常だったら、「おいおい、それでは進出の検討にすら値しないよ」と言われてしまうのが関の山だろう。事実、この国にはスターバックスもバーガーキングもない(マクドナルドは辛うじてある)。それほど世界的に見ても小さい市場ということなのだ。
ところが、2019年に入ってグローバル企業の進出が相次いでいる。アマゾンは8月にエストニア法人登記したことを発表。具体的なプランはベールに隠されたままだが、データセンターの設立やバルト三国でのeコマース事業の展開が噂されている。
また、日本からは大手総合商社の丸紅が事業所を設置し、駐在員を派遣。スタートアップへの事業投資やスマートシティ領域のナレッジ蓄積を目的としており、すでにエネルギー×ブロックチェーン領域の現地企業・WePowerに融資を決めている。また、2019年9月にはリクルートが、自走宅配ロボットのStarship Technologiesに出資を決めるなど、日本企業が活発だ。
実は、同国に進出する企業の共通点として、エストニア国内市場そのものにはフォーカスしていない点が挙げられる(日本食料理店などの例外はある)。現地の企業に話を聞いても、エストニア市場はあくまでもテストマーケットで、むしろ創業期からヨーロッパ展開を前提にしたプランを描いていることが多い。ここで、事例を現地から眺めている中で気づいた6つの進出パターンについて、ご紹介していきたい。
エストニア進出の6パターン
(1)EU市場への展開拠点として
エストニアの人口は小さい。一方でエストニアはEU加盟国。3.2億の人口を誇るユーロ圏への玄関口としての期待が高まってきている。加えて、2019年には日EU経済連携協定(EPA)が発行され、ヨーロッパと日本の経済交流はより一層活発になることが予想されている。
(2)Gov-TechのR&Dの拠点として
エストニアでは2000年代初頭からすでに電子政府に向けた取り組みを進めており、その行政手続きの99%が電子化されている。また、民間企業に開放された電子政府基盤・X-Roadを有しており、個人の同意のもとで民間企業が政府のデータベースに安全・かつ暗号化された形でアクセスすることが可能となっている。このように、電子政府関連事業の新規開発・実証実験を行う拠点として、注目する企業が少なくない
(3)スタートアップ投資の拠点として
すでに4社のユニコーン企業を生み出しているエストニアには、北欧、そしてバルト三国全体をカバーするスタートアップ投資の拠点として注目が集まっている。上述した丸紅を始めとして、孫泰蔵氏率いるミスルトウや楽天などが現地企業にすでに出資をしている。
(4)ブロックチェーン開発の拠点として
ブロックチェーン・暗号通貨関連の規制がシンプルかつ明確な同国では、すでに700社を超えるブロックチェーン関連企業が設立されており、その中に占める日本企業も少なくない。ウォレット及び取引所を運営する事業者に対しては、2019年には新法規制が発表され、規制が強化されることが決まった。これはマネーロンダリングを排除し、適切な事業者を保護するためのものだ。今後はより実態のあるブロックチェーン企業の活躍の幅が広がることが期待されている。
(5)IT開発の拠点として
Skypeを生んだ同国は、高度なITスキルを持っている人材が多い。人材の絶対量はインドや中国に比べたら圧倒的に少ないが、アジャイルで精度の高いプロダクトを開発することに定評がある。IT企業が多い同国ではエンジニアは慢性的に不足しており、獲得競争が起きている側面も否めないが、高品質を求める企業が同国のエンジニアに発注するパターンが見受けられる。
(6)新規事業の立ち上げ拠点として
同国のエコシステムでは、スタートアップの育成制度も整備されている。コワーキングスペースでは日夜イベントが繰り広げられており、アクセラレータープログラムも充実。そんな刺激的な環境を求めて、海外の起業家たちがエストニアに拠点を移して事業を立ち上げるケースが最近増えてきている。
筆者がエストニアに拠点を設けてきた1年半の中で見受けられたケースは上記のパターンだが、一方でエストニアに進出するグローバル企業が増えたのは最近の話だ。まだまだユースケースは十分とはいえず、これからも違ったパターンでのビジネス展開が予想されている。
進出のメリット:シンプルな法制度と日本人に有利なビザ
世界中の企業がエストニアに注目している中で、同国のビジネスシーンを支える制度面にも言及しておきたい。
まず法人登記申請は最短18分、かつオンラインで完結するなど、常識を覆すレベルの手軽さだ。世界初の電子国民プログラムによって、外国人であっても同国にオンラインで法人登記をすることが可能となっている。ただし、日本企業の子会社として設立する場合は、ノータリー(公証役場)でのペーパーワークが必要となることを注記しておきたい。
税制度もシンプルで明確。法人税20%は利益に対してではなく、配当に対してのみ課税される。そのため、内部留保している限りは課税されない仕組みだ。加えて2018年には日本とエストニア間で租税条約が締結。日本企業にとって、より分かりやすい形でビジネスをすることが可能となっている。
また、日本人はビザ発行の面で優遇されており、毎年エストニア全人口の0.1%を上限とする長期ビザの発行上限ルールが適用外となっている。この上限は毎年1月にリセットされるが、春には埋まってしまっているという現状だ。つまり、日本人はビザの取得要件を満たせば、翌年の待つことなく最長5年ビザを取得することができる。
加えて国民の言語レベルは高く、ほとんどのビジネスパーソンは母国語のエストニア語に加えて、英語を堪能に操る。筆者はエストニアにすでに1年半滞在しているが、日常のほとんどが英語で完結するお陰で、一向にエストニア語が上達しないのが最近の悩みというほどだ。
進出のデメリット:給与に対する課税額
しかし、こうして耳障りの良いことを言っていると、怪訝に思われるかもしれない。そこで、同国に進出する上でのデメリットも紹介したい。
まず、北欧基準の社会保障システムを取り入れている同国は、社会保険料が33%と高いため、従業員への給与に対する課税額が高額になりがちだ(とはいえ国全体の平均給与は約1,200ユーロと日本の半分程度の基準 )。
また、シンプルとはいえ同国の法制度を理解した上でビジネスを展開する必要があるため、学習コストもかかる。だがこれは、日本企業が海外進出する上での宿命だろう。
しかし、これらを差し引いても、エストニアの整備されたビジネス環境は、まだまだ知られていないだけで日本企業の進出先として、魅力的なのではないだろうか。
次回以降の記事では、今回紹介した同国の制度や進出パターンについて1つひとつ深堀りして、実際にエストニア進出をイメージできるようなコンテンツをお届けしていきたいと思う。
ビジネス+ITより転用