Contents
日本でのエネルギー分野でのブロックチェーンの活用は、2016年頃から徐々に進められています。
大手電力会社での取り組み
東京電力は、国内でも積極的に取り組みを進めている企業の1つです。ドイツ大手電力会社innogy社と共同でブロックチェーンを活用した電力直接取引プラットフォーム事業の研究を進めています。
innogy社は、事業を推進するためConjoule社(コンジュール社)を設立しました。東京電力は、3百万ユーロ(約3.6億円)を出資し、Conjoule社(コンジュール社)の30%の株式を保有しています。
それ以外にも海外事例でご紹介した英国のElectron(エレクトロン社)への出資やエネルギー業界でのブロックチェーン活用を研究する団体EWF(エネルギーウェブファウンデーション)にも参加しています。
18年3月には、電力小売りベンチャー企業として「TRENDE株式会社」を立ち上げました。TRENDE社では、将来的に家庭同士での電気の直接取引を進めていくと発表しています。
中部電力は、ブロックチェーンを活用した電子決済アプリの開発を行っています。2017年12月から本店内で社員約30人を対象に、自社内で利用できる独自の仮想通貨を発行しました。
社内で購入したコーヒー代金の電子決済や利用者間の通貨交換を行っています。電子決済アプリ内で利用する仮想通貨の名前は「カフェエネコイン」と呼びます。
1コイン=1円に換算し、コーヒーの購入代金に充てることができます。代金の電子決済方法は、指定のQRコード(二次元コード)を読み取るか、支払先のアドレスを直接入力するかの2パターンから選択します。
利用者間のコイン交換は、相手先を選んでコイン額を入力することで瞬時に送金することができます。将来的には、この実証実験で得られた知見や技術を応用し、余剰電力を個人間で売買できる電力取引システムの構築を目指しています。
その他にEVの充電履歴を記録する実証実験も開始しました。ブロックチェーン対応の充電用コンセントとスマートフォンアプリをインターネットでつなぎ、「いつ」「誰が」充電したのかなどの充電履歴を記録します。
導入コストを抑えつつ、信頼性の高い充電管理システムを運用することが可能になれば、集合住宅のオーナーがEV等の充電設備を安価に導入できるなどの可能性がひろがります。
また、関西電力は、オーストラリアのパワーレッジャー社との実証研究開始を発表しました。太陽光発電の余剰電力を直接取引に関する研究です。
新規参入電力会社、ベンチャー企業での取り組み
ソフトバンクや楽天など、通信の自由化で大きく成長した企業もエネルギーとブロックチェーンを絡めた取り組みを始めています。ソフトバンクのグループ会社のSBエナジーは、大規模仮想発電所(バーチャルパワープラント:VPP)構築実証事業を九州で行っています。仮想発電所とは、小さな電源を束ねて、あたかも1つの大きな発電所のように電力を制御する技術です。
ソフトバンクエナジーは、契約した数百の家庭に約1000台の蓄電池を設置します。太陽光発電が予想よりも多く発電し電力網に負荷を与えてしまう場合や逆に電力が足りない場合を想定し、電力の需給バランスをとるために遠隔から設置した蓄電池を制御します。開発した遠隔制御装置の相互監視や蓄電池への充電・放電の記録管理にブロックチェーンを活用しています。
楽天は、日本で初めて「J-クレジット」取引システムにブロックチェーンを組み込みました。「J-クレジット」は、日本政府による「環境価値」の認証制度です。温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証し、クレジットは売却・購入が可能です。低炭素社会実行計画の目標達成やカーボン・オフセットなどの用途に活用できます。
「J-クレジット」を購入する側のメリットとしては、再エネ電力調達やCO2排出係数低減の実現が挙げられます。売却する側にとっては、クレジットの売却益により設備投資の一部を補うことができます。
取引システムは「Rakuten Energy Trading System」(REts)と名付けられました。このシステムを経由して「J-クレジット」の取引をする場合、従来の入札形式や相対取引に比べ「J-クレジット」の価格と取引数量を容易に把握することができます。
REtsは「J-クレジット」だけではなく、ネガワット取引システムも提供しています。ネガワット取引とは、電力需要ピーク時に電力需要家が電力会社の要請に応じ、使用電力を削減してピークカットを実現する取り組みです。節電や遊休自家発電装置の稼働によってピーク需要カットを実現した各需要家には、削減量に応じた報酬が支払われます。
楽天は「環境価値」市場に着目しています。将来的には「Rakuten Energy Trading System」を「J-クレジット」だけではなく「環境価値」を扱う他のシステムと相互利用することで、ビジネスチャンスをひろげていく狙いがあります。
ベンチャー企業では、エナリス、デジタルグリッド、電力シェアリング、みんな電力などの企業が新しい取り組みを模索しています。デジタルグリッドと電力シェアリングは、環境省のブロックチェーン技術を活用した再エネCO2削減価値創出モデル事業に採択され、実証実験をすすめています。
おわりに
コラムを通じて、エネルギーとブロックチェーンの関係性や可能性、越えるべき壁について紹介しました。ビジネスの世界におけるブロックチェーンの注目度は、連載を始めた2018年1月よりもますます上がり続けています。
現在は、ブロックチェーンを活用したエネルギービジネスに取り組む企業を海外・国内あわせて100社を超えます。多くの企業が壮大なビジョンを掲げ、ブロックチェーンを活用し、新しい社会モデルの実現に向けて一歩踏み出しています。連載を通して、技術的な印象の強いブロックチェーンを少しでも身近に感じてもらうことができていれば幸いです。
筆者は常々、エネルギー(電気)が「いつでも、どこでも、好きなだけ」使える“空気”のような存在になることが大切だと思っています。なぜなら「いつでも、どこでも、好きなだけ」が実現すれば、これまでコストが重荷で実現できなかった様々な未来が開けるからです。
例えば、人が乗れるほど大きなドローン(無人航空機)、人気アニメ「機動戦士ガンダム」のような巨大ロボットの開発が進みます。最近、現実味を帯びてきている宇宙旅行や宇宙基地開発も一気に進むでしょう。
しかし、それだけではありません。安い電気のおかげで電気を大量に必要とする植物工場の開発が進み、食糧問題が改善します。電気の使用量を気にすることなく人工知能(AI)やスーパーコンピューターを活用すれば、難病の新薬の開発が進展し、多くの人命を救えるでしょう。もしかしたら、世界のあちらこちらで資源の奪い合いによって起こっている争いごとを少しでも減らすことができるかもしれません。
そう考えると、電気を「いつでも、どこでも、好きなだけ」利用できる社会の実現は、今よりも多くの人が安心や豊かさや幸せを感じられる社会へとつながる気がします。
最近、「いつでも、どこでも、好きなだけ」に少し文章を付け加える必要を感じています。それは、「世界中の誰もが」です。なぜなら、日本にいる私たちは、電気についてあまり気にせず生活ができる、非常に恵まれた環境にいるからです。
電気のない生活をしている人は10億人以上に及び、日本の人口の約10倍です。もし、彼らと生活をチェンジしたら、その日から「電気がない中で、どうやってご飯を炊き、身体や汚れた洋服を洗えばよいか」と、途方に暮れるでしょう。飲み物を冷やす冷蔵庫も、心と体を癒(いや)すお風呂も、服を洗ってくれる洗濯機もないからです。
日本に暮らしていると「豊かさはもう十分だなあ」と感じることがあります。しかし、電気のない生活を送っている10億人の方々にとっては、きっと、まだまだ不十分でしょう。
恵まれた環境で多くの恩恵を受けている私たちだからこそ、できることがあるように思います。そのひとつは、ブロックチェーンを活用して、エネルギービジネスをより洗練させ、新しい社会モデルとしてこれから成長するアジア・アフリカに提供していくことです。
世界中の誰もがエネルギーを「いつでも、どこでも、好きなだけ」利用できる時代がいつごろ実現するのかは、私たちひとり一人の手に委ねられています。
世界の人口は約75億人。日本だけの「75分の1の視点から75分の75の視点へ」と目線を上げていくことが大切です。約1年間、お付き合いいただきまして本当にありがとうございます。絵空事であり、机上の空論でしかない考えを形にしていきたいと思っています。ぜひ、読者の皆さんと一緒にこれからの社会モデルを創っていくことができれば幸いです。
執筆者:一般社団法人エネルギー情報センター 理事 江田健二
富山県砺波市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア株式会社)に入社。エネルギー/化学産業本部に所属し、電力会社・大手化学メーカ等のプロジェクトに参画。その後、RAUL株式会社を起業。主に環境・エネルギー分野のビジネス推進や企業の社会貢献活動支援を実施。一般社団法人エネルギー情報センター理事、一般社団法人CSRコミュニケーション協会理事、環境省 地域再省蓄エネサービスイノベーション委員会委員等を歴任。
新電力ネットより転用